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Channel: なでしこりん
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アメリカの高校で20人がナイフで刺される!やっぱり犯人は「あの連中」なんでしょうか?

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アメリカでは未成年であろうと「重罪は実名報道」が基本!

  ちなみに「大量殺人の起源」はもちろんあの民族の専売特許です!



 なでしこりんです。「学校での事件」は被害者の多くが前途ある若者たちだけに注目せざるを得ません。今回はアメリカのペンシルアバニアの高校での大量刺傷事件のニュースが入ってきました。記事は「ウォールストリートジャーナル」紙のようです。



 米ペンシルベニア州ピッツバーグ近郊の高校で9日、ナイフ2本を持った少年が次々に生徒らを刺し、
少なくとも20人が負傷した。

 同州マリーズビルにあるフランクリン・リージョナル高校で起きたこの事件は、裕福なベッドタウンである マリーズビルを揺るがした。地元や連邦政府の捜査当局は、学校を舞台とした新たな暴力事件の動機を捜査している。

 負傷したのは生徒少なくとも19人と警備員1人で、刺されたり切りつけられたりした。他に大人1人も病院で治療を受けたが、その後退院した。いずれも生命に危険はないもよう。警察は拘束した16歳の高校2年生の氏名を公表していない。
http://jp.wsj.com/article/SB10001424052702303373904579492172672798940.html


  
     

 「WSJ」では、「(警察は)氏名を公表していない」と報じていますが、実はアメリカでは、州によっての多少の違いはあっても「少年犯罪でも重罪は公表」という立場をとっているんだとか。今回は警察の公表はまだのようですが、「同級生が犯人」ですからすでに「名前と顔写真」はネット上に出回っています。今回の事件では幸いにも「死者」は出なかったようですが、アメリカにおける「学校での犯罪」は後を絶ちません。


 アメリカでの最大の「学校での事件」といえば、やはりこの事件において他にはないでしょう。


 バージニア工科大学韓国人チョ・スンヒ銃乱射事件は、アメリカ合衆国バージニア州にあるバージニア工科大学で2007年4月16日月曜日に発生した銃乱射事件である。33名(教員5名、容疑者1名を含む学生28名)が死亡し、アメリカの学校での銃乱射事件において、1999年のコロンバイン高校銃乱射事件(15名(教師1名、容疑者2名含む)死亡)を上回る史上最悪の犠牲者数となった。同大は17日記者会見し、容疑者が同大4年に在籍していた当時23歳の在米韓国人で韓国籍の男子学生、チョ・スンヒであったと発表した。(wikipedia)

   

       チョ・スンヒ

 私たちは、アメリカで大量殺人があると「犯人は韓国人」とすぐに思い込む傾向がありますが、実際、韓国人による「単独犯人による大量殺人」は数多く発生しています。 たとえば韓国ではこんな事件も!


  
    

       ウ・ボンゴン

  禹範坤(ウ・ポムゴン)連続殺人事 1982年4月26日、警察官である禹範坤(ウ・ポムゴン)は酒に酔って帰宅したところ、同棲していた女性が禹の胸に止まったハエを取るために叩いたことがきっかけとなって口論になり、宜寧警察署宮柳支署(現在の宮柳治安センター)へ戻るなり武器庫に入り込んでウイスキーを多量に飲み泥酔状態となった。そして午後9時30分頃、武器庫からM2カービン銃2丁と実弾180発、手榴弾7発を持ち出した。


 禹範坤は、まず警察署の近くにある郵便局に押し入って電話交換手3人をカービン銃で射殺した。その後に路上に飛び出して近隣の5つの集落の家々を次々に回り、手当たり次第に家人に対してカービン銃を乱射し、また閉店前の市場など人の集まる場所に手榴弾を投げ込み、爆発で驚いて表へ飛び出してきた人達に対してカービン銃を乱射して次々と村人を射殺した。 結局、禹範坤は翌日の午前2時頃まで付近一帯をカービン銃を乱射して回り、虐殺の限りを尽くして5集落合計56名の人々を殺害した。

 武装警察隊が到着したのち禹範坤は武装警官により山に追い込まれた。日付が変わって4月27日午前5時30分頃、禹範坤は残りの手榴弾2発の安全ピンを抜くと、最後の犠牲者となった人質3名を抱きかかえて自爆した。(wikipedia)

 

 私たちは こういう忌まわしい事件を見たり聞いたりするたびに「キチガイに刃物」、「韓国人に○○」と思い出し、用心を怠らないことが重要だと思います。最後に、バージニア工科大学韓国人チョ・スンヒ銃乱射事件における「勇気あるエピソード」も忘れずに書き残しておきましょう。


 2007年4月16日(月)の午前中


 韓国人学生が銃を乱射しながら数多くの学生たちの生命を奪っていた時、その時たまたま授業中だった一人の老教授は大学の廊下から聞こえてくる銃声に一抹の不安を感じた。動揺する学生たちに「冷静に」と声をかけた老教授が教室のドアを開けた時、韓国人学生チョ・スンヒはすでに教室の前の廊下に立っていた。「パン!」という銃撃音とも発射された銃弾は不幸にも老教授に命中してしまう。しかしし、老教授は残りの力を振り絞り、かろうじて教室のドアを閉めた。そして、「みんな逃げるんだ!」と小さく叫んだ。


 韓国人学生チョ・スンヒは教室内に侵入して他の学生たちの射殺を図った。しかし老教授はドアノブを必死で抑えてチョ・スンヒの教室侵入を防いだ。続けざまに響く銃撃音。「パンパン」。教室内にいた学生たちが窓から逃げ終えるのを見て、老教授は倒れた。


 亡くなったのは「リビウ・リブレスク」教授。76歳。彼は、ルーマニア系のユダヤ人で、第二次世界大戦中はナチスドイツに捕らえられ「ユダヤ人ゲットー」での生活を強いられた。彼は「ユダヤ人ゲットーからの数少ない生還者の一人」であった。老教授には死後、今までの功績と事件での行動が称えられてルーマニア大統領から「Star of Romania勲章」が贈られたという。 By なでしこりん


  
      


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